「自然とともに、自らも生きる」。焼畑をするクニ子おばばが語る「世渡り」の意味とは

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『クニ子おばばと不思議の森』

という著書がある。

先日、NHKスペシャルで過去にされていた放送を観た。以下、簡単にまとめてみた。

1、クニ子さんのセリフで一番心に残ったもの

2、クニ子さんの言う「世渡り」の意味とは

3、なぜ中南米・東南アジアで行われている焼畑には「森林破壊」というイメージが強く存在しているのか

1、クニ子さんのセリフで一番心に残ったもの

クニ子さんのセリフに、「人間も代替わりをするように、焼畑をする度に自然の土地も代替わりを繰り返している」というものがあった。焼畑と聞くと、自然の土地を火で燃やしつくし、栄養も生物も消失されてしまうようなイメージがあった自分にとって、そのように焼き畑が何かを生み出している、という視点に立った言葉が心に残っている。

ビデオ内で観たところによると、焼畑では植物が炭になるほどの火を持ってして行われる。50ha(ヘクタール)という広い土地も、わずかな時間でその全体が燃え、落ち葉も木々も炭になる。そんな中でも、命は地中深くに残っており、幼虫や微生物が地上へと顔を出し、炭になった植物を食べ、土を肥やし、そこにクニ子さんが種をまき、また新たな植物が育つ。

そのようにして、自然の土地は代替わりを繰り返しているというのだ。そしてクニ子さんは、その輪廻の実感があるからこそ安心し、好奇心も生まれ、生きる喜びのようなものに包まれているように見える。クニ子さんは宮崎県の椎葉村という過疎地に一人で住んでいた。撮影されたときは旦那さんもすでに亡くし、焼畑の時は息子さんや地域の人が手伝いに来てはくれるもののそれだけで、日々の暮らしのほとんどは周りに誰もいないものだった。

しかし、誰もいないというのは、人間に限った話である。クニ子さんにとって山や植物といった自然があることは、誰もいないということにはならない。木に耳をそばだてて木の寿命を感じ取ることもできれば、雲の動きを見て雨が降るタイミングを知ることもできる。そのように自然とのやり取りを日々しているクニ子さんだからこそ、「人間も自然の土地も同じように代替わりを繰り返している」と、その両者の区別なく、同じようなものとして捉えている言葉が発せられたのだろう。

2、クニ子さんの言う「世渡り」の意味とは

クニ子さんの言う「世渡り」とは、「自然とともに、自らも生きる」ということではないだろうか。クニ子さんが言っていた、「火と水と塩があれば、世渡りはできますよ」、とはまさにそのことで、いわゆる、人間関係をうまくやっていく、というような通常の「世渡り」の意味にとどまらない、広い意味が含まれている。

ただそうはいっても、決してサバイバル的に、苦しみながら生きているというわけではない。多くの人が豊かな人間関係を楽しんで生きるように、クニ子さんは自然との関係を楽しんで生きている。人間関係にハッキリとした正解なんてものがないように、自然も気象の変化や災害など、不確実なことで満ちている。しかし、それでもうまくやっていくことはできる。もちろん、本を読んで分かるようなものもあるだろうが、大半は相手とのやり取りの中で学んでいくことの方が多いし、そっちの方がずっと行動に結びつく。その繰り返しの中で、自らは生かされ、学びの中で楽しく生きていく。

クニ子さんはそんな風に、自然という相手とのやりとりを日々繰り返している人だ。結果、生きていけるし、焼畑もうまくいく。自然とともに、そして豊かに生きること。クニ子さんのいう「世渡り」は、きっと私たちの使っている言葉よりも、豊かな関係性を持ったものなのだろう。

3、なぜ中南米・東南アジアで行われている焼畑には「森林破壊」というイメージが強く存在しているのか

なぜ中南米・東南アジアで行われている焼畑には「森林破壊」というイメージが強く存在しているのかについて考える前に、そもそも焼畑はその地域に限らず負のイメージが強い。木々や葉を大規模にわたって燃やし、ときには森林火災にまで至ることもある焼畑は、「環境破壊」を象徴するほどの危険性を伴ったものとしての認識が根強い。自然を焼き尽くし、すべてが炭と化した土壌からは何も生まれず、荒廃とした土地がどんどんと広がっていく。

森林破壊のイメージの背景にあるのは、そのように自然の持続性を殺してまでも大規模に行っている実態があるからだろう。ところが、焼畑は小規模にも行われるものだし、大規模にやったとしても自然の持続性を殺さない方法はいくらでもある。焼畑を行うクニ子さんも、自然を殺さず、次なる再生のためにと自然を思いやっている人の一人だ。

まとめれば、「中南米・東南アジアの焼畑はその土地や自然の持続性を破壊するほどの大規模な焼畑が行われていること」「クニ子さんのように自然に優しい焼畑を行う人はもちろんいるが、あまり注目されることがないこと」の以上の二点が焼畑にまとわる森林破壊というイメージの原因だと思われる。