サーバーを引っ越した

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久しぶりに、自分のブログがもどってきた。というと「なんのことか」と言われても仕方がないので説明する。3月末頃、月額課金しているもの(いわゆるサブスク)を整理していた。その中でもこのブログを稼働させている「サーバー代」がわりにかかっていたのである。もちろん以前から自覚はあって、「そろそろ別のサーバーを検討しなければ……」とおもっていたのだが、とうとう数年たってしまっていたことに、気がついた。

そうして、別のサーバーと契約し「さあデータを移行しよう」としたら、問題が起こった。どうにもうまくいかないのである。WordPressについている「エクスポート」機能を使って、新規のWordPressにインポートしようとしたところ、「容量がオーバーしている」と出てきてしまった。しかも、すっかりもとのWordPressも使えなくなっていて、いろいろなサイトを参考にあれやこれやいじってみたものの、何も事態は進展しなかった。そんなふうに、時間だけをやり過ごす期間が1ヶ月も続いてしまった。

こういうときに頼れるのが、インフラエンジニアである。といいつつも僕はインフラエンジニアが何をやっているのかについてをそこまでわかっているわけではないのだが、同じ会社に詳しい友人がいたので、相談してみることにした。

画面を遠隔で操作して見てもらうと、どうにもデータの接続や移行がさっぱりできていなかったらしい。もう僕としてはなすすべがないので、あとはもう任せることにした。

すると、みるみる作業が進んでいく。作業中の画面を見ているだけで、「なんでこの作業を一人でやろうとしていたんだろう」とおもいながら。解説記事をいくら見ても、この作業をするには、きっと何年もかかるんだろうな……ともおもった。

結局、数日で作業はすべて完了。データを落としたり、移行したりするのに時間がかかったことはあったが、友人のおかげであれだけ時間がかかっていた(とはいってもちっとも進んでいなかった)のが、無事解決し、ほっとした。「403エラー」が一ヶ月表示され続けていたサイトが元通り表示されたのだ。

というわけで、無事かれこれまで約4年分のデータを失わずに済みました……よかった……。もう友人に頼む直前までは「もう失ってしまうほかないのか……」とおもっていたのだけど、やっぱりちゃんと残っているとうれしいものです。

さて、どういうふうに更新していこうかなともおもいますが、これからも長いこと続けていく(かもしれない)ことをおもうと、こちらのブログがあまり気負わずに続けていけたらなとおもいます。「おもう」が3回も続いてしまいました(笑)。

昨日みたnoteのディレクター(?)の徳力さんが、「僕はライターではない。昔からログ(記録)をただただ残しているだけだ。ブログの語源は(log)でもありますからね」なんてことを言っている動画をみて、そういうのもいいなと。最近仕事であらゆる記録を社内wikiに書き残しているときにもおもったのですが、こういうふうに記録を記録として残すのもいいのかもしれません。そういう意味では、このブログも続けていく意味が、少しはあるのかも。

かの落合陽一さんも、自分のYoutubeチャンネルを始めたとのことで、僕も気になって観てみました。10分ほどの動画で、その動画の鮮やかさにただただ惹かれて観ていました。動画の中ではこのように語られている

「自分はどんどん記憶を忘れていく。昔やっていたことも。でも、自分の姿をあとから動画で見ると、思い出すことも多いんです。けっこう自分の動画を見るのは好きなんですよ(笑)。そのとき考えていたことも、ぼんやり思い出すこともありますしね。ただ、どれもテレビの動画や編集されたものとか、自分がただ語っているものってなかったんです。テレビだと尺も限られているじゃないですか。そうすると、伝えきれないもどかしさがあって。自分のチャンネルをはじめたのは、いろんな活動や、noteとかやってきましたが、そういう伝えきれていないもどかしさがあったからです。あともう一つは、追憶するたのしみです。あとから見てみることで、これまでと違った気づきが得られることがあるんですよ。だからできる限り、続けていけたらなとおもいます」

「記録」があるから「追憶」ができる。他の人の記録を見ることと、自分の記録を見ることの意味合いは大きく違ってきます。自分の記録を「追憶」することのおもしろさ──みたいものがあることは、昔から日記やブログを続けてきたからこそ、おもえることなのかもしれません。

これからも、どうぞよろしく。