「まずいなあ」の受け止め方。

シェアする

夜眠る前のあせりには、特有のものがある。朝に感じる6時間後のあせりと、夜に感じる6時間後に訪れるであろう翌日についてのあせりは、ずいぶんと違う。今、「3時間後に起きなければならない」ことに感じるあせりは、ひときわ特別だ。これはまずい。

これはまずい、と感じることはそれだけではない。たとえば、このブログに月額1080円もサーバー代を払い続けながら、最新の記事が「7月23日」になっているのを見て、なんだかまずいなと感じた(ちなみに下書き状態であり、内容は「物件ファンの、ファンです」みたいな書き出しで放置されているからさらにあせる)。

とはいえ「まずい」といっても、それは「こんな自分じゃだめだ」とか、「なまけているなあ」、「もったいないなあ」とか、そういうものではなく、ただただ「まずいなあ」と感じるだけだ。もちろん仕事における「まずいなあ」は、けっこう焦っているのだけど、自分一人に対して感じる「まずいなあ」は、これまでなんどもやり過ごされてきたものだから、ただただ受け止めることに、身体が慣れてしまっている。

言い換えればそれは、「まずいなあ」を、ちゃんと受け止めるには、自分1人だと難しいのだということ。「まずいなあ」は気を悪い方へとひっぱる力も強いけれど、身体を起こしたい方へ起こしてくれる作用のあるものだ。あまりにも「眠れなくてまずいなあ」が強過ぎて、眠れないのは困ったものだけど。