好きで読んでしまう日記の話。

日記は別に誰に宛てて書くものではないよなあ、と折にふれて思います。「自分で自分に話すだなんて、まるでひとりごとのようじゃないか」という声もあるかと思いますが、実はそうではなくて、「となりの席にいる自分に話そう」としているくらいの言葉になっていて、「そのままのひとりごと」ではないんですね。

そんなことをふと本屋で、ミュージシャンの浅井健一さんの日記をまとめて本を手にとって読んで、”ひとりごと”をしていました。それはまあ「いかにも浅井健一さん」な言葉で書かれています。僕は浅井健一さんについて、音楽をきいて知っていることがいくぶんあるので、「いかにも浅井健一さんじゃないか」って思いながら読むこと自体が楽しいのかもしれません。ちなみにこれ、ちがう人が書いていたとしたら、ちっとも面白くありません。きっと、日記はそういうものです。

岸政彦さんの「にがにが日記」というブログも好きです。本人のブログもよく見てしまいます。「今日はこんなことがあって」といかにも日記ではあるのですが、これまたいろんなエピソードが出てくるもので、面白い。

「そのままのひとりごと」から、ほんのわずかに飛距離の伸びたもの。のぞきみるように読む方としては、好きな人だからこそ読んでしまいますし、それはきっと書く方としても、自分への言葉の送り方としては健康的なことなのかもしれません。