「意義浅い」ことは「意義深い」ことの裏返しだ

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たまにはなにかとりとめのないことでも書いたり言いたくなるのは、何かきっと意味のあることを普段言い過ぎているからかもしれません。

先日ふだんから割としっかりとしたことを記事で書かれている方何人かと話す機会があったのですが、そこで話されていたことも、「なんだか普段はちゃんと書いていることが多いから、人と話すとなると急にくだらないことが言いたくなる」なんて話になりました。

そう、「意義浅い」ことと「意義深い」ことは、けっこういったりきたりしていて。個人的に思うこととしては、真面目一辺倒な人にあまり「意義深いなあ」と思う人はいなくて、逆に「この人、本気でふざけてるなあ」と思う人に意外と「意義深さ」を感じることが多いんです。

また、いろいろな方面で「意義深い」ようなことを目にすることも多いのですが、さすがに目にしすぎるとその意義深さも薄れてくるから不思議です。たとえば本を読んでいて印象に残っているフレーズは、楽しく面白く読んでいる中で、不意に「実はこんな話もあるんだけどね」と出てきたフレーズだということが多いです。

お笑いも、そうかもしれません。お笑いの鉄則は「常に逆をとり続けること」なんて聞いたことがあるのですが、たしかに「そうくるの?!」というネタや話にいつも笑わされていることに気がつきます。

ふざけることの多くがタブーとされていることへの違和感は、「意義浅い」が薄れいくあまりに「意義深い」ことまで失われているのではないかと、心のどこかで思うところがあるのかもしれません。

そんなわけで「意義浅い」ことは「意義深い」ことの裏返しでもあるなあと思うのです。浅い方にも、深い方にも、広がっていくことが面白さをつくっていくんじゃないかなあ。

image:Unsplash