きっかけと6時間の物語ー2年前のツルハシブックスにて

「どうにも眠れないから」と、布団から飛び出して書き出すことにした。

ふと、手にとって以前に自分が書いたものを読んでいたら、「こんな風にも書いてみたいな」と思い、いよいよ張り切って目が覚めてしまったのである。こんなことは、よくあることなのだけれど。

何を読んでいたのかというと、『本棚と碧い鳥』という、今はなき新潟の内野駅前の書店「ツルハシブックス」の閉店に際して刊行された、小さな本だ。その本の中には、その本屋さんに立ち寄ったり、スタッフをしていたりと、何かしらのゆかりのあった人たちそれぞれの物語が収められている。

そう、その本に、僕自身が書いた物語がある。実は以前に一度、その閉店前につてあって訪問したことがあった。たった6時間だけ滞在していただけにすぎない話を、以下こんな風につらつらと書いていた。

・・・

「きっかけと6時間の物語」

ツルハシブックスは、一目で分かった。家のある千葉県から初めて新潟県へ訪れ、その足で内野の駅へと向かった。

時は1月。しんしんと雪が降りしきるなか、駅の出口を降り立ったとき、スッとしたたたずまいで、くっきりと見えてきたのが、ツルハシブックスだった。

きっかけはそこでスタッフをする友人に誘われてのことだった。何やらふつうとはちょっと違った、雰囲気のある印象を、友人からの話も含めてちらちらと見聞きする中でもっていたが、いざ入ってみると、外の寒さと薄暗さもあってか、安堵するようなあたたかさを感じた。店内の奥のストーブも、その雰囲気としてのあたたかさに、一役買っていた。

ツルハシブックスは、一口に本屋というにはあまりにも言い切れない、あらゆるきっかけに満ちた空間である。そこでの滞在は時間にすると、6時間ほど。ほとんどの時間を一階の本屋スペースで過ごしていた。ストーブのそばで座っていると、ぽつりぽつりと、お客さんがやってくる。

「すいませんー、ちょうど本棚で見えなくて」と言いながら、入ってくるお客さん一人ひとりに、あいさつをするスタッフ。近所の学校を終えた高校生、2階のカフェへ行く人、さっそうと現れた着物の女性。数時間のあいだにも、いろいろな人がきて、ストーブの周りに集まる。そして、「最近こんなことがあってね」と話が始まる。2,3人ほどいて、きっとお互い常連さんなのだろうか、慣れたような口調の、自然な会話がつづく。

はじめましての僕も、そんな話を聞いて言葉も時折交わしながら、その脇でせっせと本の帯につける文字を書いていた。

ツルハシブックスは高校生に本をプレゼントするという取り組みをしているということを事前に聞いていて、僕もせっかくだからと思い、悩んだ末の一冊持ってきた。それは、世界一周の体験について書かれた『僕らはまだ世界を1ミリもしらない』という太田英基さんの著書である。

そのとき僕が書いていたその本につける「帯」というのは、本屋さんに行くと新品の本に「待望の新作!」などとカバーとは別につけられている、ちょっと捨てるかどうか悩まされる、巻紙みたいなものである。

そんな一目見て捨てられかねないような「帯」であるが、手づくりならばきっと少しは丁寧に見てくれるに違いないとおもい、その本の感想やらポイントやらを、頭を悩ましながら手書きで書いていた。

それを書き終えたころに、一人の楽器を抱えた男性が、新たに店を訪れた。会って話していると、ピアノの練習をしに来たらしく、3階へ行くということで、僕もついて行くことにした。3階は屋根裏部屋みたいな感じで、ここにも本が並んでいた。「ここの本も売り物になるんでしょうか」と尋ねると、それはスタッフが持ちよってきた本らしく、売り物ではないらしい。スタッフそれぞれの持っている本が集められた、いわばシェア本棚がいくつも並んでいた。

ピアノの練習に来た男性は、練習の相方をしばらく待っていた。「せっかくだし、ひまだから」と練習中の曲を聴かせてもらった。音楽を聴いていると、読書のようだ、と感じることがある。読書は書き手の文を「ああだろうか、こうだろうか」と考えながら文字を追い、ときおりヒントをもらいながらまた読み進めていく、一対一の対話である。

そのとき流れていたピアノも、淡々と1つのパートでならされた音であり、聴いているこちらもゆっくりゆっくり音を追いながら、外の降る雪や、翌日過ごす新潟でのことなど、いろいろな景色を頭に浮かべながら、聴いていた。そんな音との対話が、なんとも心地よかったのを覚えている。

そんないろいろなきっかけに満ちたツルハシブックスが、イロハニ堂と合わせて、閉店するとの知らせを聞いた。一度しか、しかも6時間しか訪れられなかったことが残念であるが、そんな短い間にも、1日の一コマの、いろいろな出会いに立ち会えたことをうれしくおもっている。

そしてそこで生まれたつながりは、きっとまだ残っていることであろう。何年かして、また訪れたときにも、いろいろなきっかけに立ち会えることを、楽しみにしている。

*『本棚と碧い鳥』(ツルハシブックス・イロハニ堂 それぞれの物語集より)

・・・

なぜだろうか。写真をみると昔を思い出すように、いや、それ以上に、自分の書いた物語というか文章をみて、そのときのことがありありと思い出されるのである。

ストーブの周りにいる人、ピアノを弾く人、本屋で立ち読みをする人ーーそこにいた人は今、どうしているんだろう、なんてことを思う。

だからといって、決して「思い出はいいものだね」と言いたいわけではない。その頃の言葉が、2年以上たった今の自分にも、たしかに届いているのだということだ。

「懐古主義」であることは、今に目を向けることを遠ざけてしまう。だからせめて、自分の言葉は未来に向けて、開かれていたらいいんじゃないかな。

・・・

そんなところで眠くなってきた頃合いなので、そろそろ眠ろうと思います。あいかわらずカフェインには参ってしまうね。では、おやすみなさい。