東南アジアでは「自分が生きている感じがする」ということ

ペナン島

今日はお昼を食べながら、ふと東南アジアの話になった。6人ほどで食べていたのだが、一緒に仕事をしている友人が1ヶ月ぶりにインドネシアという国から帰ってきたということもあり、その話になった。ずいぶんと田舎や都会をくまなく回ってきたらしく、それはまたずいぶんと新鮮な話だった。

思えば、2年前。僕もそういえば東南アジアをあちこちぐるりと一周バッグパッカーをしていたことを思い出す。最近『ASIAN JAPANESE』という、ノンフィクションの世界旅行記本を読んでいることもあり、不意にあのときの映像が浮かぶことが多い。当時はとにかく移動をしていないと気が休まらなかったほどだが、今では「そんなに場所は関係ないなあ」とも思えるようになった。

東南アジアが好きな人の多くが口にするのが、東南アジアでは「自分が生きている感じがする」ということだ。もちろん、僕もふくめて。だからある種サバイバルな感じを求める”ザ・バッグパッカー”は、東南アジアとか、インドとか、アフリカとか、まだ都市より田舎が中心だったりする、ある種洗練されていないところへと足を向ける。

「目的地へついてから宿を探す」「バイクの後ろに乗って危険な道を進む」などは当たり前。「お金をぼったくられる」「言語が通じない」など、他にもあらゆる想定しきれないことの連続だ。

ただ、そんな予定不調和が心地いいこともたしか。なにより現地の人から発せられる空気が力強い。もう、その場の空気に飲まれるというか、ね。まるでキャンバスに絵を、というかもう絵の具そのものをぶちまけているみたいな感じだ。

興奮と喜びが日常にあること。決まり切ったことなどなにもないこと。なにもが計算づくでないこと。ああ、当時旅行に行こうと思い立ったときは、そんな気分だったっけ。今となっては、どこにいようとも旅をしている気分だから、こんな幸せなことはないよなあ。でも、どこまでいっても満足できないのが、旅。場所を問わず、これからも旅を続けていきたいなと思った、3月の頭です。