『長い道』は日常につづく。『この世界の片隅に』作者の描く「ふつう」の密度

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『長い道』(こうの史代)

今回は『長い道』、という漫画です。

作者は最近、『この世界の片隅に』が映画化されて話題にもなった、こうの史代さん。

どちらの作品にも共通しているものがあるとすれば、それは「ふつう」なものだということでしょう。

『長い道』ではなりゆきで結婚することになってしまった夫婦の「ふつうの」日常が、『この世界の片隅に』では戦時中に嫁入り先の家族で「ふつうに」生きるようすがテーマとなっています。

『長い道』には、そんな「ふつうの」よさがあります。

『長い道』を読んだのは、日常のあれこれがおろそかになっていたタイミングでした。くだらないことについてああだこうだと話したり、道を歩きながら思いをめぐらしたりーーそんなことに時間をかけまい、そんな風に知らず知らずのうちにしていたところもあったかと思います。

でも、『長い道』を読んだら、自分と景色や人や身に着けているものなどあらゆる事象との関係に目が行くようになった、とでもいいましょうか、そんなふつうのあらゆることがくっきりと目に映ってきたのです。

あとがきには、こんな言葉が添えられています。

英光、荘介どのの良いところはすべて貴方に似ています。いつか別れる日が来ても、わたしが貴方と生きた証はいつまでもここにあるのだと思います。

ーーいやはや、最後にはなんだか救われたような気分で読み終えました。

『長い道』、というタイトルについて

そういえばこのタイトル、『長い道』、読んでみてもあまりすぐにはピンとはきませんでした。

しばらくして思ったのは、この作品自体が、現実の、あなたの、わたしの日常に続く長い道のようだ、ということだということ。

ひょうひょうと、おもしろおかしく過ごす登場人物のさまは、ひょっとしたら、ふだんの自分の思考にも寄りそうところが多いのではないでしょうか。

ぼやっとした時間のほうが、きっちりと考えている時間よりも、案外長かったりしますからね。

さいごに言い残したことを書き捨てる

表情には、いろんな吹出がつけられそうな、なんとも思いのつまったものがそのまま伝わってくるところが、好きです。小説でいえば、行間に思いがつまっている、とでもいいましょうか。

いい表情ですわ、本当に。

(ぜひ読んでそんな表情を見てみてください。)